陸羽茶室 殺人事件

【陸羽茶室】とは



創業1933年、香港で最も由緒ある老舗飲茶レストランのひとつ、中環(Central)の【陸羽茶室】(Luk Yu Tea House)といえば、日本人観光客にも人気なので(日本人向けのガイドブックには必ず載っているのでご覧あれ)「知ってる〜!」「行ったことある〜!」という方も多いだろう。

「なんかやたら観光客が多いし、味もたいしたことない」なんていう話も聞くが、わたしはおいしいと思う。飲茶の割には割高だけど(=住民同士ではあまり行かないかも)。
お店の人もフレンドリーだし(「ほら、あそこのテーブルに香港の有名なモデルがいるよ」、とかわざわざ教えに来てくれたこともある)「敷居高い」感じも「高飛車さ」もなくGOOD。

重厚なドアの前には店の由緒正しさを見せ付けるかのように、慇懃なターバンを巻いた正装のインド人のドアマンが常に立ちお客様をお出迎え、お見送りしてくれる。このドアマンも優しい物腰、一緒に写真撮りましょうというと笑顔で受けてくれるので試してみてください。

さて、今はすっかり「観光客御用達の店」になったこともあって、入りにくさのカケラもないが、昔はお金持ちや有名人の常連が集まる、まさに敷居の高いレストランだった(一見さんお断り)という。昔からの常連そういう面々はうるさい昼間ではなく、朝食に訪れていることが多い。ちなみに、奥の個室とか2階などは常連の中の常連の宝庫で、かなり運がよくないと入れない。基本的に2階は凡人には入れないのかな?わたしは奥の個室までは座ったことあるけど2階は存在すらよくわからない。でも、2階じゃなくとも「長年の常連」風の、ちょっと空気が違う人たちが円卓に集い、談笑していたりすることが多々あるのも事実。



【陸羽茶室大富豪狙撃事件】

事件発生日 2002年11月30日
場所 陸羽茶室
被害者 林漢烈(不動産転売などで一代で財を成した富豪)
犯人 謝冰、張志新、楊文・・・実際に林氏を射殺したのは楊文。
前置き
被害者の林漢烈氏は、中国深せんにある現在180ホール(10コース)という某巨大会員制ゴルフクラブの利権にからんでいて、もめていたとも言われている。そのゴルフクラブたるや、すべてのコースに世界的な有名選手によるデザインということで名前がつけられている(ジャンボ尾崎コースもあり)。成金!
メンバーズクラブの施設はリゾートムード満点でゴージャス、リゾート風の立派なホテルも施設として保有。タイガー・ウッズやアーニー・エルスを招いたり、深せんという「経済特区」に莫大な土地を(だって10コースですよ、10コース!)保有していたり・・・相当裏で大金が飛び交い、黒社会ともつながっているのは間違いないと思われる。

余談:実を言うと、わたしはそこのメンバーになっているが、わざわざ中国まで行くのが面倒なのと(香港のほうが車で40分だし)、会員の質が低い(成金中国人が多い)などの理由があり、あまり行かない・・・たまに行くとリゾートムードに浸ってのんびりできるがいいんだけど、「やっぱり中国だよね」と思う出来事も必ず起きるのも事実。
事件全容
2002年11月上旬 謝冰はマカオ人の男(逮捕されたかどうか不明)を使い、深せん福田区のディスコで張志新と楊文に香港の林漢烈氏の殺害を依頼。報酬40万香港ドル(当時:約600万円)。張志新と楊文には、香港への渡航費用、林氏の写真や生活習慣などの資料が渡された。
2002年11月27日 張と楊の2名は深せんの羅湖から香港に入境。旺角駅で謝と合流、2名は携帯電話や拳銃などを謝から受け取る。
2002年11月28日
〜29日
2名は拳銃を持ち、陸羽茶室周辺で林氏を待ち伏せするも、林氏は現れず。店内の下見はこの時点で終えていたとのこと。
2002年11月30日
事件当日
午前9時。張、林氏が友人ら3名と陸羽茶室に来店したのを確認。楊に電話連絡。
林氏らはそのまま18番テーブルへ着席。
張はカウンターに支払いをしに行き、つり銭も受け取らず、店員にトイレの場所を聞いてトイレへ。
(事前にトイレに隠されていた拳銃で撃たれたという報道だったが、このときの張と楊のやりとりが、どういうカラクリになっていたのかは少々不明)
その直後、楊が突然18番テーブルに現れ、背後から林氏の腹部やこめかみなどに発砲。林氏は即死。
楊は陸羽茶室から悲鳴の飛び交う店内からそのまま逃走。行方をくらます。
逃亡後 携帯電話や拳銃はマカオレストランに捨てられているのが発見される。そして、楊がマカオフェリーターミナルから珠海行きの船に乗ったのも確認された。
その後、張と楊は深せんに戻り、謝からそれぞれ1万香港ドルを受け取り、故郷の湖南へ潜伏、残りの報酬を待つ。
2003年2月12日 香港警察と広東省公安庁の捜査が進む中、パスポートの不正使用で足がついた張と楊は、湖南省内で深せん警察に身柄を拘束され、謝は逃亡先の雲南省西双版納で取り押さえられた。

・・・以上、映画みたいなホントの話。なお、現在も事件現場となった【陸羽茶室】はその後も普通に営業(それはそれですごい)、店も普通に何事もなかったように大繁盛。
ただ、事件現場となった18番テーブルはさすがに人気がない模様。(いっそのこと、18番テーブル自体を無くせばいいのに・・・) この事件を知っても、なおトライしてみたい方がいたら、申し出てみるのもいいかも(喜ばれると思う)。店側もローカルは通せないので、何も知らない観光客(特に日本人)が知らぬまま通され、座っているという話もありますが・・・。知らぬが仏とはまさにこのこと!?

以下、余談。マフィアネタ番外編。

バンクーバーの友人が通っていたおぼっちゃま学校(全寮制)の同級生にマカオ出身の香港人がいたと言う。
彼はこう言っていたそうだ、「もしも、マカオに遊びに行くことがあったら、連絡してよ。俺、オヤジに連絡するからさ!マカオではちょっとした顔だから、色々案内してくれると思うんだ」と。
カナダ人が「その香港人の苗字はHOっていうんだ」と言ったときには、そりゃびっくり。マカオの顔のホーさん・・・
「・・・ホー(何)って・・・それ、マカオのカジノ王(大財閥だけどマフィアだろ)のスタンリー・ホーの血縁者だったりして」
ホーくんのお父さん自身はマカオ行政長官。(うわー。)
その友達がカナダから香港に初めて遊びに来たとき、ホーくんと連絡取り合ってお父さんの連絡先まで確認していたけど、わたしが「マカオのマフィアファミリーかも」なんて言ったのでびびったらしく、連絡とってなかった。(違ったらごめんなさい)

ホーくんは現在、ロスの大学に通っているようで、バンクーバーのカナダ人ともまだ友人関係は続いています。念のため。
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