追悼 レスリー・チャン 一周忌

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自殺当時のレポート及びレスリー・チャン
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2003年4月1日、マンダリンオリエンタルホテルから身を投げて自らその命を絶った香港が世界に誇る俳優であり、「スーパースター」の1人、レスリー・チャン。

その衝撃の死から1年経った2004年4月1日、雨のこの日、再びマンダリンオリエンタルホテルの前は彼の死を今も嘆くファンたちによって花で埋め尽くされた。
マンダリンオリエンタルホテルは、香港でも屈指の由緒あるホテルであり、レスリーがしばしば訪れるお気に入りの場所でもあった。

一周忌の追悼式については、事前に 「黒い服を着て、ペンライトと献花を持って集まりましょう(夜20時20分スタート)」という告知(現地雑誌記事より)があったり、ファンによる大掛かりな追悼式があったりしたため、当日は昼間からマスコミの姿も多く見らた。

さすがに何も知らない宿泊客たちは、びっくりしてたけど・・・(わたしがその場にいたときも「なにが起きたの?」「なんか飛び降り自殺した俳優がいるんだってさ」と言いながら通り過ぎる西洋人宿泊客の姿がチラホラ)

そして、4月1日の夜に開催されたファンによる追悼式。1,000人ものファンたちがホテルを取り囲み、ペンライトをふりながら、レスリーとともに歌うシーンが・・・。

以下、当日の様子をレポートしました。


【2004年4月1日午後:香港マンダリンオリエンタルホテル前】

  正午ごろにはすでにファンが捧げたたくさんの花や手紙の山が・・・

 ファンたちが彼を偲んで壁に貼ったポスターや手紙

 訪れるファンにインタビューをするテレビ局もチラホラ。


また、ヴィクトリア・ピークにある、レスリーと恋人唐唐の家の前にもファンからの花束の数々が壁面一面に手向けられていた。


【2004年4月1日夕方:香港マンダリンオリエンタルホテル内ホール】

マンダリンオリエンタルホテル内にはメモリアルホールが設置され、ファンが次々に追悼に訪れた。

   

【2004年4月1日午後: 韓国にて】

台湾・韓国などでもレスリーファンによる追悼式が行なわれていた模様。
韓国ではお寺に200人のファン(ほとんどが若い女の子たち)が集まり、お坊さんがお経を読む中、厳かに追悼式が行なわれていた・・・。

  

    



【2004年4月1日夜:香港マンダリンオリエンタルホテル前】

ホテル脇の道は完全に封鎖され、厳戒態勢の中、ファンの追悼式が・・・側道のみではなく、大通りをはさんだ向かい側まで人で埋め尽くされている。

 ものすごい人人人・・・

@追悼式スタート。(21時ごろ)
この式のためにレスリーが飛び降り自殺をした現場であるホテル脇の道路は閉鎖された。道路に面したホテルの壁にテレビモニターがいくつか設置され、そこからレスリーのコンサートの映像と歌が流れる。

   
歌にあわせてペンライトを振るファンたち。

Aその後、香港人(?)ファン代表による広東語と普通話、韓国ファンの代表、日本のファンの代表によるそれぞれの母国語での挨拶が。




Bそして全員で一分間の黙祷をレスリーに捧げる・・・。


C再びレスリーのフィルムがはじまり、歌にあわせてペンライトを振り続け、絶叫し、泣き、歌うファンたち。

     

    ペンライトをふり・・・

   泣きながら共に歌うファンたち・・・


D警備員の誘導に従い静かに解散・・・。


なんだか見ていてジーンすることがたびたびあるファンによる大掛かりなすごい追悼式であった。

しかし、・・・ホテル(くどいようだけど西洋人ゲストが多い5つ星の老舗ホテル)の宿泊客はさぞかしこの騒ぎに驚いたのではないだろうか・・・テレビモニターから流れる歌にあわせて、まさに黒山の人だかりといったていで、ぎっしり集まった喪服姿のファン達がペンライトを振っている。閉鎖された道路に面して窓側の席があるレストランがある。そこも普通に営業していた。食事をしているときに窓の外は歓声を上げ、泣き、歌いながらペンライトを振る喪服の人々がいるっていうのもちょっと不思議な香港滞在の想い出になることだろう。ホテルが許可してるのだから別にグチャグチャ言うことないのだけど。ちなみに正面は大通りなので、正面をはさみ、向かい側までファンで埋め尽くされていた。

また、当日また別の日には銅鑼湾にあるレストラン fusion (The Lee Gardensの近く) でファンの晩餐会もあったらしい。
これがそのお店。パスタやサンドウィッチなど軽食が手軽な価格で食べられるお店(実はそういうお店は香港には結構珍しい)。


レスリーも生前よく来ていたということもあってのチョイスかと思われる。
最近、香港人の友人に聞いた話だと、レスリーが最後に食べたのはこのお店のブレックファーストだったという話もあろうそうだ。本当に常連だった模様・・・

ここはレスリーが最後に座った席らしく、一周忌のためにこのように・・・
 
ちなみに最後の食事には「スパゲティ・ボロネーゼ」を頼んだらしい。


なお、ヴィクトリア・ピークにある【マダム・タッソー蝋人形館】に、レスリー人形も仲間入りし、一周忌を前にした2004年3月31日から公開された。

 これがその人形、似てる・・・。でも、ちょっとジョン・ローンっぽくもないか?

 恋人唐唐とともに


<製作途中の様子>
 


【2004年4月2日昼:香港マンダリンオリエンタルホテル前】
昨晩の追悼式の名残の残るホテル脇の歩道。
ファンから捧げられた花や手紙の山・・・

    

        
                   どこまでも続くファンが手向けた花束・・・


ちなみに下記は「2003年4月」、彼の自殺後のホテル脇に捧げられたファンからの献花。厚さは優に1メートル以上あり、歩道は埋め尽くされ、花束の「小道」と化していた。

 ※2003年4月、レスリー自殺直後の写真


それから1年、1年経ってもこれだけの香港のみならず海外からも膨大なファンを結集させて一大イベントの追悼式を開催されるとは・・・レスリー・チャンってすごかったのね、と改めて思わされた出来事であった。

2004年4月1日及び2日記す


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